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2006年1月29日 (日)

八雲へ

00000035_1  八雲といえばハーベスター八雲は絶対はずせません。

ここは、食素材となる農産物生産のための“農”の研究と実験、料理方法の研究する施設として1988年9月にケンタッキーフライドチキンの農場としてオープン。

養鶏犬のいる養鶏実験農場やハーブ農園の見学、内浦湾を一望できるカフェテリア方式のレストランで、ヘルシーな料理を味わうことができる。

また、ハーベスター八雲ならではのお土産を中心としたマーケットも夏期間(5月~10月)に限って開設しており、大自然の恵みにふれる楽しさを満喫していただけるでしょう。

晴れていれば内浦湾の彼方に室蘭の白鳥大橋を望むことができ、町内一のビューポイントにあるレストランがハーベスター八雲である。

店内はゆっくりと落ち着いて食事のできるビッフェスタイル。オリジナルなメニューが人気。11月の末からは週末バイキングでさらにお得感アップ。など、色々な形でインターネットでも紹介されている。

今回ランチで行って、なにもしらず通常通りビッフェスタイルで食べようと思ったのだが、週末バイキングしかない事がわかったのだが、1,680円とお得だったのでバイキングに決定。00000037_1

写真中央の丸いやつがピザを焼いている石窯。
ここでピザを作っている様子が見えます。

ピザは薄い生地で、この日はきのこのピザとマルガリータだっだ。

個人的な意見だともうチョッと生地がカリッとしてれば良かったかも・・・

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左がグリルドチキン、右がフライドチキンです。

これ、かなりおいしいです。皮がぱりぱりサクサクなんだけど中はすっごくやわらかい。特に左の方は色々なスパイスで味付けしてあるので飽きません。でもって中のお肉はすごいぷりぷり。

グリルドの方を先に食べたのでノーマルの方は少し物足りなかったがそれでも充分おいしいしなんかお肉がもちもちしていた。 これ食べながらビール飲めたら最高だなぁ。(運転手だから無理だけど・・・)

ハーベスター八雲以外に有名な食事ドコロなどがあまりないから、土日祝日はかなり混むことを覚悟した方がいいだろう。

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ちなみに【LALA】は千歳の実家で留守番でした。

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2006年1月22日 (日)

サプリメント

Dsc00600_2 病気はサプリメント(栄養補助食品)で予防するということが我々人間には当たり前になってきているようです。

【LALA】もいつまでも健康で長生きしてもらいたいので離乳食が終ったらサプリメントを食べさせ始めようと考えてます。

犬にも一頭一頭個体差があるようで特別な時期、例えば成長期、妊娠・出産・育児期、病中、病後、老齢期だけでもサプリメントを補給すれば愛犬はより健康で長生き出来るという調査報告も出されているそうです。

その他、皮膚病などにかかってしまった知り合いのワンちゃんも綺麗に快復した例を聞きました。

サプリメントを選ぶのには色々迷うと思いますが、やっぱり信頼できるサプリメントじゃないと怖いですよね。

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2006年1月21日 (土)

我が家に新しい家族が増えました。

Lala1 以前から犬が欲しいと言っていて、退職するにあたり恵庭で1人じゃかなり切ないと思い、祝いもかねて購入した。

数日まで『柴犬』か『イタリアンコッカー』で意見が分かれ、結局購入をやめようとしたのだが、別のペットショップで衝動的だったのか購入を決意。

左の写真がミニチュア ダックス ロングヘアー ブルー&タンの【LALA】(♀)です。

参考までにダックスの犬種のおまかな説明

体の大きさによってスタンダード、ミニチュア、カニンヘンの3種に分かれています。ダックスフントは胴が長くて足が短いこの独特の容姿がかわいい人気犬種ですが、その中でもミニチュアダックスフントは、体の大きさや性質、運動量などの面から、日本での室内飼育に大変順応したため、圧倒的な人気犬種になりました。現在も飼育数が一番多く、たくさんのご家庭で愛されています。

毛質もスムース、ロング、ワイヤーと3種ありますが、やはりロングが一番人気である。

またこのミニチュアダックスフントの性質は陽気でひとなつこくしつけがしやすいので、子犬を初めて育てる方にも人気があります。社交的な性質なので、多頭飼育にも向いています。

この犬種の歴史は古く、起源は明確ではありませんが、ドイツ語でダックス=アナグマ、フント=犬という意味があることからもわかるように、もともとはアナグマの巣穴に入って追いたてる猟犬でした。

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2006年1月20日 (金)

あのアキバ名物が北海道でも購入できる

Nec_0104 東京・秋葉原で爆発的な人気を誇っている「おでん缶」を扱う自動販売機が、札幌市内に登場し始めている。

札幌市中央区南2西2の一角に設置されている販売機のほかに、手稲、清田区でも目撃情報がある。また、道内各地のコンビニキヨスクでも11月下旬から販売を開始するなど、しばれる季節となった北海道でホットな「おでん缶ブーム」が到来しそうだ。

 おでん缶は秋葉原の家電小売店「チチブ電機」前に設置されている自販機で、95年から売り出された。テレビでその存在が紹介されると、その翌日には売り切れてしまうほど話題に。さらに映画、テレビドラマの「電車男」が人気に拍車をかけ、今や全国的注目を集める秋葉原の名物となっている。インターネットショッピングの「楽天市場」でも販売しているが、品切れ状態が続くなど、最近では入手が困難な状況だ。

ファンの間では口コミ情報を頼りに、まさに「おでん缶自販機を捜せ」状態だ。

 札幌市内で「おでん缶」の自販機を管理する会社では「秋葉原での人気を知って11月中旬から販売しています。来年もいつごろ入荷できるのか未定で、そろそろ在庫が心配」と話している。自販機で「おでん缶」を購入できた人は、初詣のおみくじで「大吉」を引くよりラッキーかも知れない。

○…北海道キヨスクでは11月下旬から道内各地のコンビニキヨスクでおでん缶の販売を開始。12月で札幌、大通、手稲、小樽、函館、旭川、帯広、釧路、北見、北広島の10店舗になった。同社の商品開発チームでは「おでんは当社で扱っているアイテムにはなく、話題の商品に目を付けました」と、首都圏での人気を聞き9月から販売準備を進めてきた。本場の自販機とは販売方法は違うが、こちらも売り切れが続出している。

◆おでん缶

 正式名称は「こてんぐ印 おでん」。85年に天狗缶詰(本社・愛知)が自販機専用缶詰として開発した。発売当初は現行のサイズよりも小さい缶で、おでん種がぎっしり詰まり取り出しにくかったという。現在はつみれ入り、大根入り、牛すじ入りの3種類で、価格は1缶当たり約200~300円で販売されている。

 

 ちなみに、秋葉原駅の電気街口を出たら中央通りへ。右(御徒町方向)へ進み「ヤマギワ本店」がある最初の交差点を左に入る。「ラオックスのコンピュータ館」の道を挟んだ向かいに「チチブ電機」があり、お店の路地側に並んだ数台の自動販売機の中におでん缶がある。

食った感想は正直言って口に合わなかった・・・。

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2006年1月19日 (木)

年賀状

Nec_1112 毎年、正月元日になると、 各家庭に年賀状が届けられます。

普段、はがき一枚書いたコトのない人でも、新しい年を迎えて、親しい人から贈られてくると、やはり、ウレシイものです。

じつは、この年賀状を贈る風習は、すでに 江戸時代からありました。

古来、平安時代の頃から、新年を迎えますと、旧年お世話になった各家庭を回って挨拶をする、『年始回り』という習慣がありました。

地方によっては、家どうしが離れすぎている、地域もあって、出かける方も大変でした。

江戸時代に入ってからは、さすがにあまりに遠くて、歩いては行けない知人には、お年始の挨拶文を書き、飛脚に送ってもらっていました。

それは若干料金が弾むため、裕福なお金持ちの間だけで、一般の家庭にはそこまで広がりませんでした。

ところが明治6年(1863年)に、明治政府が値段の安い郵便はがきを販売すると、これを、お年賀の挨拶に利用する家庭が増えていきました。

初めは指定された郵便局だけが取り扱っていたのですが、徐々に取り扱い局が増え、明治39年11月に、“年賀特別郵便規則”が定められ、全国すべての郵便局が、元旦に「年賀はがき」として、年賀状の、特別集配を実施して取り扱うようになり、一般にも年賀状の風習が広まっていきました。

年賀状を送ることで、日頃お世話になっている知人や、会社の関係者、親しい友人に、感謝の気持ちを込めるのと、ご無沙汰になってしまっている人へ、近況を知らせたりして、コミュニケーションを計る欠かせないアイテムとなりました。

その後、昭和24年12月1日に、「お年玉付年賀はがき」が発売されました。

その経緯には、こんな理由が・・。

年賀状の制度は、戦渦が広がる、第二次世界大戦中の間は、途絶えていました。やがて終戦となり、国民達は空襲で家を焼かれ、すべてを失い、打ちひしがれた状態の中で、家族や、知人との連絡が途絶えていました。

年賀状が復活すれば、お互いの消息が解る切っ掛けになるとの事で、終戦後3年経った1948年(昭和23年)の正月に、年賀状は復活しました。

それに、お年玉くじを付けるアイデアが、当時、大阪の心斎橋で用品雑貨の会社を経営していた、「林正治氏」によって考案されました。

当時、食べるものも食べられない時代に、送った相手に景品が当たると言う夢のある
『お年玉付き年賀はがき』は、日本の復興にも一役かっていました。

ちなみに、その当時の景品は、
 特等ーミシン
 1等ー純毛服地
 2等ー学童用グローブ
 3等ー学童用こうもり傘
 4等ーはがき入れ
 5等ー便箋と封筒のセット
 6等ー切手シート

となっていました。
            
現在では、お年賀の挨拶を、メールで済ます人も多いですね。

グリィーティング・カードを利用すれば、送った方にも、景品が当たるサービスもありますね。

ところが、昔ながらの年賀はがきで、命が助かった人もいます。

阪神・淡路大地震で、たまたまTシャツ一枚で、コタツで寝ていたところ、被害に遭い、
偶然、コタツの上にあった年賀状を、シャツの間に入れ、一月の寒空に救出される間、寒さに耐える事が出来たそうです。

もし、年賀状が無かったら、どうなっていたか・・。

毎年、手書きでもらう年賀状は、ココロがこもっています。

しかしこの年賀状はいかなるものでしょ・・・・・笑

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